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人を大切にできないなら、そんな仕事辞めてしまえ

ベンチャー企業でナンバー2を務めていた頃


人を大切にできないなら、そんな仕事辞めてしまえばいいなんて、結構、過激なことを本気で想ってる理由は、ベンチャー企業で働いていたときの痛恨の想いからです。

2014年にその会社に再就職し、昼夜をとわず働いて、早々に最高執行責任者に就任しました。
最初は楽しくやっていたのですが、2016年の秋頃、ベンチャーキャピタルの出資を受けるにいたり、3年後の上場を目指そうとなって雲行きが変わります。

次から次へと降ってくる仕事、
ベンチャーキャピタルからの数値達成のプレッシャー、整理のつかない状態に、私自身も心の余裕をなくしていました。

そんななか、2017年の春頃、
新しく招いた技術幹部の方から
ナンバー2失格宣言をされてしまうのです。

立場的には私のほうが上にもかかわらず私は降格を受け入れ、
セカンドプロダクトの事業責任者として働き出すのですが、
何を提案しても、その技術幹部の反対にあうので、空回り。

ひとり営業で全国を駆け回っていたら、もうわけが分からなくなって、
心因性の腰痛で歩けなくなってしまいました。

そうしてまともに働けなくなった私ですが、
後日、私の後任の最高執行責任者の方から
今後の働き方について話し合いをもちたいという連絡があり、
待ち合わせのカフェに向かいます。

そのときにこういわれたんです。
「荒牧さんのいまの働き方は普通じゃないですよ」

正直、それまで3年くらい昼夜を問わず働いて、
友人まで招き入れて会社を大きくする、
そんな「普通」じゃないことをやってきたのに、

こちらが働けない状態になったら「普通」を求められる。
そして、それを新しく入社した人間にいわせてしまう会社に
憤りを感じました。

と、偉そうにいっていますが、
私自身も、ナンバー2だったときに、数値目標を前に余裕を失い、
楽しく仲間と働くことを忘れ、厳しく接していたのです。
だから、簡単にひっくり返されてしまったのですね。

いまは恨みとか悲しみなんてものは一切ないのですが、
この経験を通じて、
「普通(水準)」とか「数値」とか、
そういったものを人間に優先させてしまうこと、
それは避けたいと本気で思うようになったのです。

その後、スピーチと出会って人の感性を聴くことを学び、
歌と出会って、感性を表現することを学んで想うのは、
どのひとの感性も唯一無二、
本当に素晴らしいもので大切にしたい、
ということです。

そうした経緯があって、
自分をまず満たしているからこそ、人を大切にできる
そんなひとを増やしたいと想っているのです。

フラットでオープンでいたい

起業支援をしていた頃の誕生日のお祝い(2019年)


私はフラットでオープンな関係性を大事にしています。

なぜかというと、そうすることが、
その人を本当の意味で尊重することに
つながるからです。

たとえば、
●●さんの手前、▲▲さんのイベントにいくのは辞めておこう。
とか、そう考えることってありますよね。

そのひとはそのイベントにいきたい!という気持ちがあるのに、
いかせない、という明示的・暗黙的なプレッシャーが存在している
としましょう。

この状態が生むもの、
それはコミュニティの停滞です。

自分の正直な気持ち(楽しさ)で関わっているという前提が崩れると、
義理とか義務とかが先行して、
色々なものが淀んでいってしまうのですね。

だから、私は、
相手の気持ちを尊重してそのまま受け止める。
自分の気持ちもしっかり伝える。
そのうえで、前向きで正直な関係性を築いていく、
ということを心がけているのです。

本当の愛は、
恩讐の彼方にある。

関わりたくて仕方がない、という、
楽しさを前提とした、
オープンでフラットな関係性の中にこそ存在する。
そう信じているのです。

自らを表現する喜びを感じていたい

ハリー少年(小学4年)塾に通い出した頃

私自身が、16歳のときに想ったのは、
X Japanのギタリストhideのようになりたい、
ということでした。

赤い長髪をなびかせて、意味不明なアクションをする
狂人にいっぱつでやられたのです。

ですが、中学受験で勉強を覚え、進学校に通っていた
私には、そういう生き方を選択することはできなかった。

そういう強さがなかったんです。
だから、レールにのって、東京大学に進学して、
安定的な職場にはいって7年働きました。

かつての私のような、
よい子ちゃんな若者ほど、
他人の期待に応えることに、
かけがえのない自分の人生の時間(命)をつかってしまいます。

ですが、人生の意味はなにか、といわれれば、
私は、唯一無二、あなたの胸に潜むその感性を最大限発揮することだと
想うのです。

レールから外れて、
起業をしてから想ったことですが、

自らを表現する喜びというのは、
なにものにも変えられないものだと想います。

もちろん、
趣味などで表現するということもできるので、
起業をすることがすべてではないですが、

自分のビジョンを、価値観を語って、
世の中に表現することほど、面白いことはないです。

「なにをいまさら…」
そんな風に思う必要は全くないのです。
私もいまの事業は37歳からスタートしました。
そこに意思さえあれば、人生100年時代。遅すぎるなんてことはない。
いつからでも自分軸の人生を歩み始めることができます。

みなさんには、
この喜びを感じながら生きてもらいたい、
そう強く願っています。

プロフィール

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ハリー村長。東大法学部を2006年に卒業後、経団連で7年勤務し退職。IT起業を志すも大失敗。再就職したベンチャーではナンバー2となるが、新幹部から追い落としを食らう。自分で自分を楽しませずに、人の期待に自分をあわせていたのが原因と気づく。その後、自分軸の人生を歩み、歩ませるため、2018年、起業支援業で独立。初年度の年商は1000万超。40名以上をプロデュースするが、更に自分を楽しませる生き方を深化させるべく、2020年8月に、高知県・日高村に移住。

大自然のなかで感性をひらき、自分らしさをみつける場所、ハリー村づくりをスタート!

村作りの様子は下の赤のyoutubeアイコンをクリック!
YouTube"ハリー村長"

X JAPANのhideの大ファンで歌好き。
Email: info@harry-aramaki.com

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